【百読は一読にしかず】異色のピクサー・ショートフィルム – 風景たちの協演ラブストーリー「ブルー・アンブレラ」 Blue Umbrella Pixar Short Film
May 1, 2016

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(c)Disney-Pixar

Pixarのフィーチャー(長編)映画の前にあわせて上映されるショートアニメーションは、一部の根強いファンにも人気。映画がほぼ世界同時に放映されるようになってからは、日本も、DisneyやPixar映画の根強いファン個体を着実に作りつつある。

私もアニメーションを勉強し始めた当時から「Toy Story 2」と同時に上映された「Luxo Jr.」に始まり、各ショートをいつも楽しみにしてきた。にもかかわらず最近あまり注意してチェックしていなかったが、数年前「Wall-E」と同時公開の「Presto」の裏話を知って以来、再びPixar Shortに対する興味が戻ってきた。

彼の名は「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」。ミッキーマウスよりも早く誕生していたキャラクターでした。しかし、大人の事情で居場所を奪われ、時代の流れの中で、7...

とはいえ、CG技術が一般化し、いわゆる10年ほど前に「Pixarレベル」とはやされたクオリティの作品を中小プロダクションでもどんどん実現できるようになった近年、もはやPixar Shortですら、大衆の間には「出尽くした」感が漂い始めているのは否めない。
そんな中、まさにこれを見据えた異色の一作がスクリーンに映し出された。

Blue Umbrella (teaser)


(c)Disney-Pixar

「Monsters University」と同時上映されたショート。初めのショットを見ているだけでは、今回のショートは実写なのか? と思わせるほどリアリティ精度が高い。

また、Instagramなど写真SNSにアンテナを張っている人ならば見かけたこともあるだろう 「街の中の顔たち」 たる写真の数々。パイプの口、郵便受け、看板の金具、マンホール。いたるところに浮かび上がる「顔」を発見しては写真をアップしている人も中にはいると思う。今回の「ブルー・アンブレラ」は、そのパロディをちりばめたような「時事もの」ともいえる。

閑話休題。
▼この作品に異色を感じたのはどういうところか?
DisneyやPixarの持つ「Realistic」という言葉の定義自体は「写実」にはあらず、「Believable」、つまり観る者に”それ”と連想させたり、揺るがないイメージを一瞬で伝える要素というところにある。ゆえにこれまで見てきた彼らの作品では、キャラクターやプロップ、背景などがある程度シンプルに記号化されている。
そんなピクサーが本作でこれほどまでにリアルクオリティを追究したのは、これまでCG制作において多くの人間が試みてきた写実への挑戦というものではなく、現実からイマジネーションへ近づこうとする ひとつの“逆発想” だったことにあるのではないかと考えている。
「我々はここまで来た。写実なら十分つくれる技術がある。でもその上で、我々はファンタジーを目指している」
現にDisneyやPixarには、そうした「Reproductionとしてのアートの価値をきちんと考えて作る」という観念をもつ作品こそ多大なインパクトを残していると思う。

その発想は、文字通り作中のストーリーにも反映されている。自ら「表情」ひとつ変えないであろう物たちが
協力しあって、ふたつの傘――そのふたりに、けなげに愛を育んでいく。
現実から見れば、それは前作Papermanにも見た「偶然が生み出したマジック」のように映る。見方によれば本作は、物たちから見たPapermanとも言えなくもない。
project_image
(c)Disney-Pixar

たくさんのハイクオリティーなCG作品に埋もれる映画館や街角。
いまCG業界も、ハリウッドはじめ次の到達点を模索している現実に、やはり世界のプロダクションもその手探りと啓蒙の歩みを怠らない。私がブルー・アンブレラに見たような「忠実なリアルから折り返し、自由なファンタジーへの回帰」なる発想も、映像・CG業界だけでなく、今後のあらゆる社会に必要なのではないか。

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